常任委員のつぶやき
2022年12月1日
今日から12月。2022年も残すところあと1ヵ月。
学園に暮れのご挨拶に伺いました。
すると、ロビーに大きなクリスマスツリーが飾られていました!
ツリーの足元には、たくさんのラッピングされたプレゼントボックス!!
ひな祭りには雛人形を飾ったりと季節毎に生徒達の目を楽しませる演出をする女子校があると聞いていましたが、三輪田もこんな風に生徒サービスをするようになったんですね。
一緒にいた高校37回のTさんがひと言。
「私が生徒だったら、あのプレゼントボックスを一ついただいてしまったかも!?」と。(笑)
でも、クリスマスツリーのすぐそばに眞佐子先生の銅像があるところは、やっぱり三輪田!!
2022年11月9日
児童の8割程度が中学受験をする学区に住んでいたので、小学校低学年の時からお姉さんがいるご家庭を中心に、集まるたびになんとなく私立中学校の話が出ていました。
わたしが三輪田学園出身だと知ると、学校についてさまざまな質問をされたり、逆に今の三輪田について教えてもらったりしたものでしたが、そんな流れで聞いた言葉ではないかと思います。「いま三輪田学園は “読書の三輪田” って言われているのよ」と。
言われてみれば、わたしが在学していた当時から三輪田は読書教育に熱心であった気がします。
課内クラブでも読書部がありましたし、西先生が本好きな生徒を集めて読書会を開催しており、わたしも参加させてもらっていました。毎回、メンバーのお勧めする本を全員で読み、感想を言い合う会だったのですが、そこで永井荷風との出会いがあったのをありがたく思い出します。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、「読書の三輪田」を証明するかのような書籍がいま書店に並んでいるのをご存知でしょうか。
『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬/早川書房)が、その本です。
帯の部分をご覧ください。
第9回高校生直木賞「私たちの心を揺さぶる言葉があった。」(三輪田学園高等学校)
去る2022年5月22日に開催された第9回高校生直木賞の選考に三輪田学園の高2の生徒さんが参加し、38校の高校生たちと小説について激論をかわしたそうです。
その際の発言が高校生直木賞を受賞した当作品の帯の言葉として採用されました。
『同志少女よ、敵を撃て』は、独ソ戦が激化する1942年、急襲してきたドイツ兵によって母や村人の命を奪われ、自らも射殺される直前で「戦いたいか、死にたいか」という究極の条件をつきつけられたモスクワ近郊に暮らす少女セラフィマのお話です。戦うことを選んだセラフィマは、女性だけの狙撃兵の学校に入り、苛烈な訓練の末、独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線に向かいます。
いまの日本では考えられない、しかし世界を見渡せばそれが日常として存在する国もある、胸が苦しくなるような少女の物語を三輪田学園の生徒さんが読み、そして自らの気持ちを置き換えた言葉が書籍の帯として採用される……。「読書の三輪田」最高の名誉のひとつではないかと思いました。
そして塩見校長先生からこの本をご紹介いただいた時に伺ったのは、「今は三輪田学園だけでなく、女子校全体が一丸となって、女子校教育というものを守っていきたいと思っている」ということでした。
そこで生と死を隣り合わせにしながら強く生きる少女を描いた『同志少女よ、敵を撃て』、そして「女子校」というふたつのキーワードを絡めた、強い信念を感じさせる小説について、つぶやきたいと思います。
こちらは恵泉女学園 中学・高等学校の創立者・河井道先生の生涯を描いた『らんたん』(小学館)です。
著者は同校出身の柚木麻子さん、『王妃の帰還』や『終点のあの子』など、「これは恵泉を舞台にしているんだな」と思われる小説も書かれています。
周囲の人々に支えられて女子教育に生涯をかけられた河井道先生だけでなく、津田塾の基礎を作られた津田梅子先生や、日本女子大の創立に尽力した広岡浅子さんも生き生きと描かれています。
この当時、女子が学ぶということがいかに大変なのか、そして女性が女子のための学校を立ち上げるのがどれだけ命がけだったか、そんな努力の礎のうえに、わたしたちが学べていたことを感じさせられる『らんたん』です。
そしてこちらは三浦しをんさんの『ののはな通信』(角川書店)です。
ミッション系の女子高・聖フランチェスカに在籍する、野々原茜こと「のの」と、牧田はなこと「はな」のふたりが女子高時代から大人になるまで、永きに渡り手紙を交換しあい、お互いの人生を紡いでいく書簡体小説になっています。
三浦しをんさんのご出身が横浜雙葉なせいか、女子校に息づく生徒たち、先生たちの空気の捉え方がとても自然で、わたしが三輪田時代にお友だちと学校で手紙を交換して、小さなことのひとつひとつに、ひそやかに、でも大騒ぎしていたのを思い出させてくれました。
重大な秘密を抱えた気になっていても、その実、学校や家庭に守られている安穏な学生生活を終え、ふたりは人生の航路へ繰り出しますが、そこに波のように抗いがたい暴力が押し寄せてきます。政情不安定な国への駐在帯同であったり、天災であったり。しかしお互いが共に生きていたという事実がふたりを強くさせている、そんなことが書簡から読み取れる女子校小説の大作です。
読書の秋、「読書の三輪田」のことを思い出しながら、読んでみるのも楽しいかもしれない本を、ひとりごとしてみました。
2022年10月30日
過日、六本木の国立新美術館にて開催された「第86回自由美術展」を観てまいりました。
高校28回ご卒業の先輩、小川リヱさんが出展されていたからです。
小川さんは三輪田生時代に美術部でしたが、私が属していたハーフペンクラブの先輩方と仲が良く、当時はしょっちゅう「セキヤ(小川さんの旧姓)が…」「セキヤが…」とお名前を伺っていました。
ですが、実際にお話をするようになったのは卒業から三十年経った2011年から。
小川さんが、同級生の華道家・田中さんとのコラボレーション展示会をやはり同級生の鈴木さんが経営する骨董通りのギャラリーで開催されたことがきっかけとなりました。
※この展示会について詳しくは、2012年発行の松操会誌60号掲載の小川さんの記事をご覧くださいませ。このサイトのTOPページ<松操会誌 過去号をご覧になれます>からでも閲覧可能です♪
今回の自由美術展での作品は、「アンドロギュナス」という高さが2mほどある大きなもの。
小川さんの作品らしい美しい色づかいや描かれた筋肉美が好きです。
いったいどこからこのイメージが湧いてくるのでしょうか……?
ご本人に伺うと「ほんとうよねえ(笑) 初めは『満員電車イヤだなあ』からだったの」との回答にびっくり。頭の中を覗いてみたいものです。
ご一緒した高校28回生の方々。一番左が小川リヱさん。
近くのサントリー美術館もハシゴして(こちらにも学芸員として松操会員さんがいらっしゃいましたね。松操会誌67号をご覧くださいませ)、芸術の秋を楽しみました。
小川さんはこの秋、練馬区で二回出展されます。こちらも楽しみです!
江古田のまちの芸術祭2022 at FURUTO
第68回練馬区美術家協会展
小川リヱさんのホームページはこちら
ご一緒した高校28回生、刺子作家・小野崎秀子さんのインスタはこちら
2022年10月17日
台風も去り、
華やかなアーティフィシャルフラワーを作られているのは33回卒
毎年、松操会のバザーに出店されていたので、
そんな海老原さんが、9月21日から25日まで、ギャラリー「
日暮里の北口で待ち合わせをして、谷中墓地を横目に歩き、
Tさんの「早く行かないとほとんど売約済みになっちゃうから」
海老原さんがおっしゃるには「
コロナでなかなか人と会いづらい時にも、
店頭に設えた「枯れない仏花」というコーナーに足を止められて「
ちょうど時期もお彼岸でしたし、
また、2022年6月に三輪田学園100年記念館で行われた「
芳子先生も可愛い教え子の作った美しいお花と一緒に並ばれて、
わたしもこの枯れない仏花の一角に立ち、
海老原さんにアーティフィシャルフラワーの世界に入られたキッカ
まずお花に目覚めたのは、
そこで現地の先生にオーストラリアならではのフラワーアレンジメ
帰国されると、
その後アーティフィシャルフラワー協会で学び、
さらにアーティフィシャルフラワーの魅力もお聞きしてみました。
「まずは枯れないですよね。
そしてお花を見ながらこう続けられます。「
「例えば、
海老原さんのそんな思いが詰まったたくさんのアーティフィシャル
海老原さんがお洋服につけていらっしゃる水色のコサージュが、
バッグチャームなので裏返ってしまっても美しく見えるように、
美しいお花を見て幸せに、
毎月第3土曜日には東中野でワークショップも行っているそうです